なにかを買うときには、これから起こるすてきな未来を想像されると思います。
「こんな楽しいことができるだろうなあ」
「あの人みたいになれるだろうなあ」
「食べなくてもわかるこれはウマイ」
“よし、買おう。”
この”なにかを思い描く力(=想像力)”は、普段あまり意識していないかもしれません。
しかしそれは、知らず知らずのうちに私たちに影響しているのです。
この想像力の使い方/使われ方について、考えていきたいと思います。
想像力に頼るセールスライティング
日用品より少し高価なモノ(たとえば健康器具)の売り文句について、考えてみます。
その多くはお客さまのなやみに寄り添い、それを解決する未来を観せています。
あるいは、いままでになかった新しい価値を打ち出しています。
もしくは、お客さまの感情に強く訴えかけて衝動買いをねらいます。
買ってそれだけで満足してしまい、使いこなせなくなった経験はきっとだれしもあるはず。
私はマジックショップに勤めていたので、売る側の視点にも触れていました。
どのように製品紹介文を書いたら売れるのか、これを模索していました。
自分でもお客さま目線に立って、買いたくなる文章を考えていたのです。
書く方針は、「読み手に未来を思い描いてもらう」ということを心がけていました。
"マジックとは、演者とお客さまとのコミュニケーションの場です。 あなたはこの製品を使って演じることで、お客さまと〇〇な空間を創造するマジシャンになれます。"
“なにができるネタなのか”よりも、”どんなマジシャンになれるのか”ということです。
お客さまの想像力を頼りに、具体的な本番舞台シーンを文章で想起させるのです。
まあ、実際は思うようにならないことも多々あり、試行錯誤は多かったです。
受け身の想像力
想像力に自信はありますか?
想像力はだれもがもっています。
大まかには2種類です。
ひとつめは先ほどの、モノを買おうか考えるときに使う想像力です。
モノに限らず、お金を使う前にはだいたいその先の未来が想像できているはずです。
他にもCMや広告を観るたびに、それを手に入れた未来が反射的に思い浮かばれます。
これを、「受け身の想像力(受動的想像力)」と呼ぶことにします。
いままでは、モノをたくさんつくって売りたい社会でした。
モノを売る側は、お客さまの受け身の想像力を積極的に活用しています。
知らず知らずのうちに、買い物がしたくなるのです。
またこの想像力は、迫っている危険を瞬時に察知することにも使われますね。
どのような力も使い方次第です。
ただ、この受け身の想像力ばかり使う(使わされる)のも考えものかもしれません。
そこで、もうひとつの想像力をみてみましょう。
自発の想像力
あなたが絵を描いたり、物語や詩を創作するときに使うのもまさしく想像力です。
あらゆる芸術は、まだないものを自ら生み出そうとする想像力の賜物です。
オリジナリティの高い、とてもすてきな活動です。
これを、「自発の想像力(能動的想像力)」と呼ぶことにします。
子どもは、この自発の想像力がとても豊かだと思います。
まだ受け身の想像力を経験していないだけ、と言った方が正確でしょうか。
いつも新しい遊びを思いつき、その世界のヒーローになっています。
あらゆるものをかき集めてオブジェにしては、そこに名前と意味をつけています。
私たちは最近、受け身の想像力と自発の想像力、どちらを多く使っているのでしょうか。
歳を重ねるにつれてだんだんと、想像力の使われ方は変わっていくようです。
想像の感情で満足
さて、”衝動買い”という言葉がなじみ深いほどに、私たちは受け身の想像力で生きています。
そして、買ってすぐに飽きて、あまり使いこなせないということも経験します。
これは、どういったこころの働きなんでしょう。
一説によると、「買うことそのものが楽しみで、そのプロセス自体に満足を得ている」とのこと。
ここにもうひとつ、私の思いついた意見を加えさせてください。
それは、「未来で実感できるはずだった感情が、すでに想像で味わえたから満足できた」というもの。
買って使ってから初めて味わえるはずの感情を、使う前に先取りしてしまったということです。
実は感情というのは、現在と未来、想像と実際とをあまり区別できていないのでは?
と思うのです。
ただの想像であっても、すでに実感できている効果がなにかあるのではないかと。
未来へのお願いごとのはずが、実はいまもうある程度叶ってしまったかのような(?)
これがあるとしたなら、心理学用語などですでに名前がついていそうな気はしますね。
たくさん感情を想像しただけ、いいことありそう。
具体的には、ワンクリックの前にたくさん想像すれば、ポチらずに済みそう。
想像の世界は実在する?
ポジティブな感情は想像しておくだけでも、お得なことはありそうな気がしてきました。
夢見がちな人というのも、案外いいのかもしれません。
ただ、どうにも実際の生活から離れられないという気持ちもあるとは思います。
それでも、きっとこころは豊かになれると思います。
芸術家は、自発の想像力で世界を思い描きます。
頭で思い描くだけでなく、実際に絵や文字や音などのかたちを与えます。
しかし、それは全くの空想からではないのかもしれないことも、彼らは教えてくれます。
詩人・作家の宮沢賢治氏は、「注文の多い料理店」や「銀河鉄道の夜」で有名です。
私は、「注文の多い料理店」の”序文”がだいすきです。
序文なので、ものがたりの本編ではありません。
著者のあいさつ文です。
そこには、彼のつくるものがたりの世界観のすべてが込められているのです。
これらのわたくしのおはなしは、みんな林や野はらや鉄道線路やらで、虹や月あかりからもらってきたのです。
『注文の多い料理店』序より
ほんとうにもう、どうしてもこんなことがあるようでしかたないということを、わたくしはそのとおり書いたまでです。
『注文の多い料理店』序より
また私は、「ハリーポッターはどこか別の世界線にはほんとうにいるのかも」と思うときがあります。
この著者もおそらく、宮沢賢治氏と似たような経験をされてきたのだと感じるのです。
映画への没入感はときどき、「こんな世界がほんとうにあったのかも」と思わせます。
さらに、彫刻家のミケランジェロは、彫るべき姿を石から教えてもらっていたそうです。
あらかじめ石の中には彫刻作品が内包されていて、彼はそれをただ取り出すだけ。
すごい世界です。
芸術家たちはほんとうにすばらしいです。
想像力のつかいどころ
私たちには、生まれながらにしてもっている想像力があります。
そしてそこに、自らの個性をのせて世界を表現する人たちがいます。
いまは(自発の)想像力に自信がない方もいるかもしれません。
それでも、受け身の想像力は活用できていると思います。
そこに気づくことができればきっと、その使い方は少しずつ変えていけるはずです。
自発の想像力で描いたものは、あなたのオリジナルです。
そしてそのかたちには、つくったときの記憶がともにあると思います。
受け身の想像力とは思い入れが違うし、きっといつまでも鮮明に覚えていられるはず。
「こんな想いでつくった」
「なかなかうまくいかないこともあったけど、とにかく一生懸命で楽しかった」
(「納期がぁ…予算がぁ…」とかもあったりすることでしょう。)
想像するなら、楽しくてわくわくすることがいいですね。
子どもの頃は毎日できていたあの感覚を、ちょっと思い出してみたいです。
そして大人になったいまの力で、”創造”することもやってみたいです。



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