“あたりまえ”の変化と未来予想

私たちのこと

このブログのテーマである、「新たなライフスタイルの提案」。
“それができる人になれ”、としきりに伝えてくださった先生が大学にいらっしゃいました。
工学系だったので、ものづくりで人々の生活を豊かにすることを期待されていました。
今ではあたりまえになっている便利な製品を、たくさん打ち出しているすばらしい方です。
その方がいつもだいじにしていたことが、未来予想でした。

学生当時は、”その時はその時で合わせていけばいいじゃない”という思いもありました。
ただ一応、いまはこの国の未来を担っている有望な年齢になっていますのでね。
これから起こること、求められることを、想像力をつかって予想してみたいと思います。

これからのことを探るには、これまでの歴史と、いまを知るのがいちばん。
いつの時代にも、それぞれのライフスタイルがあったようです。
そしていつもそれは少しずつ、ときに大きく変わっています。
この流れをみていくことで、これからのライフスタイルをみていきます。

そして中には、私にできるとしたらこんな風な時代にしたいな、という意見も含みます。

時代の流れ

時代西暦“あたりまえ”
旧石器10万年前強さ
縄文前14000年〜|
弥生前4世紀〜|
古墳3世紀〜強さ
飛鳥592年〜家柄
奈良710年〜|
平安794年〜|
鎌倉1185年〜|
南北朝室町1336年〜|
安土桃山1573年〜|
江戸1603年〜家柄
明治1868年〜学歴
大正1912年〜|
昭和1926年〜|
平成1989年〜学歴
これから(令和)2019年〜人柄
歴史にみる”あたりまえ”の変化

それぞれの時代に、”あたりまえ”と思われていた主な価値を表しました。
実際にそれらの時代に暮らしたことはないので、「あったそう」な口調になりますね。

また、ここで考えていきたい大きなテーマがあります。
“あたりまえ”には、「実力」と「フィクション」の2つがあるということです。

実力とは、生きるために必要な能力です。
狩りや稲作など、主に原始的なものです。
フィクションとは、生活を便利にする信用とします。
紙の札をお金だと私たちが信じることで、価値の交換がとてもしやすくなりました。

実力とフィクションは互いに、原始的か文化的かという主な違いがあります。
これらはかたちを変えて受け継がれ、ときになくなることもあります。
時代の移り変わりは、このグラデーションによってかたちづくられてきたでしょう。

強さの時代(旧石器〜古墳時代)

自給自足の実力をもつことがあたりまえの時代。
狩りのうまい人や、稲作のうまい人が村をつくって治めたそうです。

”これは私(たち)のものね“→”はい”という、所有についてのフィクションが始まりました。
自然には、もともとなんの線引きもありません。
そこへ人々がものや土地に線引きをして、それが信じられるようになったんですね。
このフィクションは、いままでも根強く残ってきましたね。
フィクションの中でも、もっとも原始的なものだと思います。

あとは作物の豊穣を祈り、神様を祀ってお祭りをするというフィクション。
卑弥呼はすごい。
気がする。

家柄の時代(飛鳥〜江戸時代)

自給自足の実力は、専門家(=農家)のやることとして分業されました。
所有のフィクションは健在。
豊穣の祈りとお祭りは、このときからカタチとしての名残りに変わったでしょうか。

そしてここから、家柄というフィクションがあたりまえになってきました。
どこの生まれかで、地位と権力とライフスタイルが決まったそうですね。
所属しているコミュニティで功績を立てると、より高い地位と権力が手に入りました。
また、お金を出して家柄を買うということもあったそうですね。

由緒ある人、大家の一門、御恩と奉公。

学歴の時代(明治〜平成時代)

自給自足の実力は、専門農家として継続。
家柄というフィクションはまだ主に、政治の専門家で継続されていますね。

ここからは、学のあることが重用されましたね。
いい学校に入って、いい会社に入って、いいモノを買って、おいしいものを食べる時代。
学力は実力なのかフィクションなのか、ちょっとわかりづらい気がします。
記憶力とか知識の活用能力は実力ですが、学ぶ事柄はフィクションといった感じです。

あとはなんといっても、紙の札(=お金)の所有というフィクション。
お金でモノやコトがすぐに交換できる仕組みは、とても画期的な発明だと思います。

そして、”正しさ”というフィクションも求められてきました。
特にこれはけっこう、争いの種になりましたね。
“これが正しい”、”いやこっちが”という、フィクションとフィクションとの戦いです。

文化的になるにつれて、フィクションの割合が増えていきました。
いろいろなことが便利になって、人口もたくさん増えました。
自然のいきものは、食べて寝るだけの実力の世界。
フィクションが人の文化・生活のレベルをここまで押し上げてきたのはすごいことです。
これはいつまでどう続いていくんでしょうか。

まあ、今の便利さを知らずに昔を生きたとしても、特に気にはならなかったと思います。
その時代ごとの”あたりまえ”の中にいますからね。
唯一、未来を予想できた/知っていた人だけが、気にできたことでしょう。
あらゆる否定や応援を超えて、時代を変えてきた人たちはすごいです。

ここまでの時代まとめ

ここまでに登場したあたりまえを、いまに照らし合わせていったん整理します。

都市部に集まる必要性が薄れつつあるいま、「山奥ニート」の方たちが注目を浴びました。
実は最近、山間部に村を形成して自給自足の実力を取り戻す人たちが増えているそう。
サラリーマンとして働くより、少しのお金と大きな自由・自立を求める流れが起こりました。
自給自足は、これから少しずつ拡大していきそうな予感がします。

大きなものとしては、所有のフィクションが変わってきたことですね。
モノを持たなくても、空いた時間に貸し借りすればいいじゃないという考えです。
クルマも音楽もオフィスもみんなシェア。
紀元前からずっと根強く残っていた社会が、実に大きく変化したと感じています。
私の学生時代の研究テーマと密接に関わっていました。

神様やお祭りなど、宗教的なお付き合いはどうなっていくでしょうか。
その時代ごとに必要な倫理観を説いたからこそ、文化が健全に発展したことはたしかです。
さまざまな側面がありますが、これからも生活の中に根ざしていくのではないでしょうか。

家柄による垣根は、自由恋愛による結婚が主流のいま、取り払われたように思います。
政治家はやはりだいじにされている方々が多そうなので、こことの乖離はありそうです。

学力はそんなに重要視はされなさそうです。
終身雇用の制度もなくなり、個人の自由と自立が大きなテーマです。
学を問わず、なにかの才能に秀でた人が活躍していますね。

お金というフィクションは紙からデジタル上のデータに移行しています。
日本は紙幣の信用がとりわけ高かったので、移行はゆるやかに進んでいますね。
国のつくったお金と、民間によってつくられたブロックチェーンのお金の台頭。
これはきっと、まだまだとても変化しますよ。

正しいことばかりをもう求めなくてもよさそう。
その代わりに、楽しいことを選べたらいいなと思います。
正しさと正しさはぶつかりますが、楽しさと楽しさはお互いハッピー。

これから(令和時代以降)

さて、ここまでの”あたりまえ”をみて感じたのは、全体から個人へと焦点が移ったことです。
村が国をつくり、学校や会社を建てて、そして個人へ。
これからはまさに、「人柄の時代」だと思います。
私に歴史をつくる力があるならそうします。
はい。

家と家との結びつきが希薄になってしまったことには、少しさびしさを感じます。
しかしそれも相まって、個人が伸び伸び生きられるようになるでしょう。
むしろ、一人ひとりがつよくないと、あっという間に取り残されていきそうにも思います。
自由な恋愛も、そんなに簡単ではなさそうですからね。

あわせて、いまを生きるZ世代(10〜25歳)をみてみることもとてもだいじです。
生まれたときからスマートフォンを使い、SNSで積極的に個を表明しています。
彼らが将来なりたがっているのは、YouTuber含めた芸能人がメインですね。
もうまさに、個の力をこれでもかと発揮している職業ですよ。
いつの時代にも子供は素直に、”かっこいいと思える大人”になりたがっています。

なろうと思えば、誰でもなににでもなれそうな時代です。
だいじにしたいのは、居心地のよさと歩み寄りのこころです。
“あなたはここにいていい”と言える人柄は、これからもっとも重宝されると思います。

これからの生き方の気づき

時代は変わるんだなあと思っていても、わかっていてもですよ?
次世代はもう生まれたときから変わっているので、その自覚はありません。
変わっていく時代の境に立たされるのは、いつも大人だと思います。
価値観のアップデートは、大人にこそ問われます。

私はZ世代とその文化を尊重したいです。
10年後には、α世代(10歳以下)とその文化を尊重できていたらいいなって。

まとめ

実力とフィクションという、2つの”あたりまえ”から歴史をみてきました。
文化が進むにつれて、フィクションの割合がとても高まったことがわかりました。
そして、人の焦点は全体から個へと移りました。

これからは実力が少しずつ拡大して、人柄があたりまえの時代が始まると予想します。
個性が爆発するので、価値観は多様化の一途。
正しいより楽しいを選べると、みなさんハッピーに生きられると思います。

これからも、さまざまな角度から未来を描いていきたいです。
そして、できることならつくりたいとも思っています。

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